with Bについて

店主プロフィール


埼玉県和光市で生まれる。

生まれてきた私の顔がきゅうりの如く(長く)、産声が男の子の如く(低く)、真っ赤なしわくちゃだったため母を失神させる。その後、顔の長さは人並みになりすくすく成長。とにかく神経質な赤ちゃんだったようで、寝たなぁと思ってそっとベッドに置くとすぐに泣き母を困らせていた。

幼稚園時代はとにかく体が弱く、お布団と教育テレビがお友だち。年少さんの出席日数は全体の半分という幼稚園創立以来の新記録を樹立した。バレエを習い始めてからは少しずつ体が強くなっていったが、バレエの発表会のたびに注意をされていたのが「口を開けて踊るな!」だった。
お遊戯会で「オオカミと7ひきのこやぎ」をやることになり、かわいいドレスを着たかった私は「お花の役がいい」と立候補したが「あきちゃんは、おなかが出ているからこやぎさんの役ね」と言われたことを今でも忘れていない。仕方なく白セーターに白タイツのこやぎさんになって自慢のぽっこりお腹を披露した。

小学校に入ると徒歩40分という最果ての地から通うこととなり、そのことが功を奏し、より一層体が強くなる。入学してすぐに弟が生まれ、ママをとられるのではないかという不安感から一瞬登校拒否になりかけるが、すぐに学校が楽しい場所だということに気付き元気に通う。5年生の時林間学校で那須高原に行き、肝試しをしようとしたら落雷があり20メートル先の木が燃えるという肝試し以上の恐怖を味わう。この頃の愛読書は「クレヨン王国」シリーズ。

中学は女子校に通うことになる。中学2年の生物の時間に先生が「これからは土が売れる!」と言ったことがきっかけで友人8人と「すくすく落ち葉社」なる会社を起ち上げる。図書室にあった(奇跡!)みみずの話という本を長~いこと借りていて怒られ解散。
クラス全員で仲がよく、合唱コンクールでは優勝を狙って紅茶でうがいをしたり(あえなく失敗)、体育祭ではクラスの応援ダンスを考えたり、文化祭では伝説のアトラクション「ケロヨンハウス」(ケロヨンという薬局でもらえるカエルのお人形が出迎えるお化け屋敷)を作ったりと勉強よりプライスレスな経験ばかりを楽しむ。この頃の愛読書は「赤毛のアン」シリーズ。

高校はエスカレーターだったため同じく女子校に通う。ルーズソックスが流行っていたので渋谷のソニプラに買いに行き、店員さんに「いくつですか(個数)?」と聞かれ「23.5です(サイズ)」と答えドン引きされる。
修学旅行で夜中恒例の女子トークをしていると案の定先生に見つかり「廊下に正座しなさい!」と怒られ渋々正座していると隣にいた子がおならをするという我慢の限界を超える珍事に遭遇。こっぴどく叱られるが最高の思い出を手に入れる。
また、その数か月後期末テストの最中に斜め後ろの席の子におならをされるという珍事に再遭遇。そのおかげで運がついたのか・・・受験前日に見た日本史の問題と同じものが試験に出るという運の強さを発揮し、入りたかった社会学部に合格。

日本女子大学入学。人のために何かをすることが好きだったこともあり、他大学のラグビーサークルマネージャーに立候補。なぜラグビーだったのか今でもよく分からないが、いい加減女子だらけはうんざりだったのかもしれない。怪我をする選手が多かったため、日本赤十字社の救急法の資格を取ろうと講習会に参加。講師をされていたのが客室乗務員の方で、その神々しいまでのボランティア精神と腕の確かさから客室乗務員に憧れることとなる。
大学3年になり就職活動をしてみると超氷河期。国内の航空会社は全て新卒採用を見送り絶望の淵に立たされる。そんな時に唯一募集のあった外資系航空会社の面接で「ペットは飼っていますか?」と聞かれ「はい、猫を飼っています。捨て猫でした。」と話が弾み、飼っていた猫のおかげで採用される。

入社するとベースが海外だったため慣れない海外生活を送ることになる。訓練は全て英語だったが、訛りが強く何を話しているか全く分からずすぐに落ちこぼれる。そのストレスのせいで8キロも太り、採寸して作った制服がパッツンパッツンになるという大失態をやらかし更に問題児となる。4か月にも渡る過酷な訓練を優しく温かい同期のおかげもあってなんとかパスし空を飛ぶことができた。
愛嬌だけが取り柄だったためお客様とすぐに仲良くなり「大きくなったらお姉さんのようなスチュワーデスさんになりたいです」というお手紙を書いてくれた小学校4年生(当時)の女の子のご家族の家に遊びに行ったり、夫婦で旅館を営んでいらした方のところへ泊まりに行ったりと子供と年配の方からの受けはよかった。

その後ベースを東京に移したいと思い他社へ転職し客室乗務員を続ける。会社が違うとこんなにも外国人クルーが優しいのかとカルチャーショックを受ける。訓練の2か月半は前回と全く異なり、楽しすぎて日本に帰りたくないと思ったほど。ホテル暮らしのため毎日外食だったが、ストレス太りとは無縁であった。飛び始めてしばらくすると周りの友人たちの結婚や出産が増え、海外のステイ先で出産祝いを探す機会が増える。日本では赤ちゃんグッズは高いというイメージしかなかったが、海外ではよいものがお手頃価格で手に入ることを知り、また高いデザイン性とキュートな色遣いに心が震えるほどの感動を覚え、いつか日本のみなさんに紹介できたらなぁと淡い想いを抱く。
フライト生活は楽しかったが「一度しかない人生これでいいのか」というもやもやがあり、新しいことを始めようと退社。

その後父が病に倒れ、介護をすることになる。その時改めて「後悔したくない」「ネットの世界にあたたかいサービスを」との思いから起業を決意。

2013年11月株式会社 with B設立
お客様からいただく励ましの声に支えられ現在に至る。

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元CAの店主がこっそり教えるベビー・ファッション・海外情報などのおもしろブログ

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店主紹介

こんにちは。いとうあきと申します。
数多いベビー服ショップの中から当店をお選びいただき、ありがとうございます。

with Bは元客室乗務員の店主がステイ先や旅先で見つけた海外ブランドのベビー服を「トキメキ♪」という視点で探し集めた小さなお店です。自分の目で選んだ確かな商品のみを扱っておりますため1点ものが多くなりますが、その分安全かつお財布にやさしいお値段でご提供しております。

みなさまにベビー服という商品と共に笑顔をお届けできるよう、日々取り組んでおります。


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